先日このブログで紹介しました「イノベーション思考法」もそろそろ読み終えます。
「出る杭」を活かすことが大切であることはイノベーションには大切なことであると思います。
しかし変革なのか単なる反抗なにか・・・
その違いをよく見極める必要があります。
ブログ「
プロセスワーク関連のおぼえがき」には以下のように反抗者のことについて触れられていました。
あれこれ理由はあるけれども、理由があるから反抗しているのではない。理由はいわば口実である。
それがわかっているから、「おまえ結局反抗したいから反抗してるだけだろう。代替案を出せないくせに反抗するのは無責任な子供と同じだよ。」という痛い自己批判が聞こえてくる。
ところが、本質的に私は反抗者であって改革者ではない。だから、改革案がないから反抗する資格がないという論理を受け入れてしまうのは精神的な自殺に等しい。
しかし改革者にならない反抗者の存在理由というのはなんだろう?
反抗者というのは必ずしも体制に逆らう者ではない。体制に本当に逆らっていては反抗者であり続けることはできない。すぐに抹殺されてしまう。それはナチ統治下のフランスでも戦後日本でもアメリカでも同じことだ。
反抗者は面従腹背である。反抗者が首尾一貫するということはない。
反抗的な子供のように、反抗者はどうでもいいことで反抗し、本質的なことについては従順である。どうでもいいことに反抗するそのしぐさの中に本質的なことに関する痛みをたくす。
実際のところ反抗者の言いたいことは体制の言葉の体系にうまく適合しないから、明瞭に表現することは原理的に不可能だ。
つまり反抗者はプロセスワークでいう少数派の性格を持っている。少数派が主流派の言葉を使って社会の中に位置を築いていくように、反抗者は体制の言葉を使って受け入れられる主張をする。
しかし、少数派の本来の特徴が彼らが主流派に対して主張するものとは違うように、反抗者の本来の叫びも彼らが体制の中で言っていることとは違う。
反抗者の発言が究極的に言い逃れになるのはこのためだ。反抗者の価値はその発言の内容にあるのではなく、文脈や口調の持つ擾乱の力にある。
インナーワークで1次プロセス、この場合反抗を基に2次プロセスを発見してプロセスワークを行うとどうなるのか・・・
非常に興味を持つところです。
逆に変革者の本当の信念や哲学を知る必要もありますね。
私はイノベーションを起こすために「出る杭」は必要であり、それを活かすことはもっと必要であると考えています。
しかし反抗者と変革者はその信念や価値観、そしてフィロソフィーが異なっているのではないかと考えます。イノベーションを引き起こす場を創造することが私の今年度の大学院で研究テーマです。
その「場」を創り上げるために今必要な概念を考えています。
夏くらいには実際にいくつかの組織で「価値共創の場」を実践でテストをしたいと考えています。
そこで必要なことは対話やシステム思考、自己マスタリー、メンタルモデルなどの「学習する組織」のディシプリンが必要ですが、それだけでは満足した真の共創の場を構築するのは難しいと考えています。他に必要不可欠なのがプロセスワークとワールドワークでの対立や葛藤を解決するファシリテーションであると考えています。
暗黙知を人間の持つさまざまなチャンネルから引き出し、ロールを演じ、ゴーストロールを発見することがイノベーションを創発するには不可欠であると考えています。いろいろな事情でゴールデンウィークのミンデル氏のセミナーを見送ったことを少し後悔していますが、今必要なセミナーは恐らく「ワールドワーク」のセミナーであると思っています。
みなさんはこれらについてどのように考えますか?
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